共同トイレに俯く者のメッセージ

共同トイレに俯く者のメッセージ

今から随分と前、20年くらい前。

会社の同僚と飲みに行くことに。

どうせなら行ったことのない店に行こうとなり、飲み屋街をうろついた。

○○第1ビル。老朽化した飲食雑居ビルがあった。いつもは古臭くさいビルで気分的に敬遠していた。

意外と名店があるかも知れないと思い、入ってみようという事になった。

5階建てのビルのフロアは、小さな飲食や飲酒のお店が占めている。

我々はエレベーターホールの案内板を見ながら、最上階のとある居酒屋に入ることを決めた。

5階でエレベータの扉が開くと、狭い廊下の左右に小さな看板が並んでいたが、

看板の明かりは消えている数の方が多かったと思う。

目的の居酒屋の看板は電気がついており、ホッとして店に入った。

ビルの古めかしさはとは裏腹に、店内は明るく清潔感があり、料理も美味しかった。

マスターと奥さんが温和な人で、人当たりも良い。

気持ちの良い居酒屋だった。もっと早くに訪ねれば良かったと思ったほどだ。

店内には先客で3組ほど入っていた。自分達が入店するといっぱいになるほどの広さだった。

徐々に酒の量が増えてくると、トイレに行きたくなり、店を出て、5階ホールの一番奥にある共同トイレに入った。

古めかしいタイル張りのトイレに入った瞬間違和感を覚えた。トイレ内にはトイレ独特の臭気がなく、

強烈なカビ臭さが充満していた。

建物も相当古そうだったので、建具や内壁などが湿気で腐っているのかな?そう思った。

それにしても、異常なくらいカビ臭く、吐き気がするくらい凄かった。

トイレ自体は5階の共同トイレというだけあって、男子専用便器が5個くらいあり、大の方も3つあったと思う。

用を足しながら、何気なくトイレの一番奥に目を向けた。(自分は入口を入って一番手前を使用した。)

古びたタイル張りの壁に、上には換気扇があるだけの質素な壁だ。

視線を正面に戻した。何かが変だ。その答えは直ぐに分かった。視野の隅に何かが入り込んでいたのだ。

その隅とは、先ほど視線を向けた古びたタイルの壁がある位置になる。思わずもう一度目を向ける。

何もない、誰もいない。また視線を正面に。冷汗がドッと溢れた。視野の隅に人がいると分かる。

もう一度そこに視線を送る。いない、誰もいない。どうなっている?

視線を外すと視野に入る。そんなことってあるのだろうか。正面に目を向ける。いる!

先ほどよりも鮮明に。グレーのジャケットを羽織って俯いた白髪頭の男が直ぐ横に。

痛烈なカビの臭いと共に、自分の直ぐ隣で俯いていいる。その瞬間、頭の中に文字が浮かんだ。

-昭和33年- 横の男が発したメッセージであると認識した。

俺は恐怖でいっぱいになりながらも、なんとかトイレから逃げ出した。

そして同僚が待つ席へ戻り、今起こったことを一気に吐き出した。しかし、案の定信じてはもらえず、

それならトイレへと同僚は向かったが、何も起こらず、例のカビの強烈なに臭いもなく、

用を足して戻ってきた。「脅かすなら、もっと上手くやれ。」と言われる始末。

その後、同僚には口止めしたが徐々に話が漏れ、すっかり笑い者になってしまった。

あのビルも近年、その間に取り壊されて、駐車場となった。

あれから長い年月を経過したが、あの強烈なカビの臭いや、初老と思われる男の俯いた姿は

今も強烈に脳裏に焼き付いている。

それと、あの「昭和33年」というメッセージは一体なんだったのだろう。

俺に何を伝えようとしたのだろうか?今となっては全てが謎。

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