とんだお寺参り

とんだお寺参り

場違いな訪問者

大阪で営業をしていた時の話です。

大阪に転勤して3ケ月ほど過ぎた頃、御朱印なるものが存在することを知りました。
その神社やお寺に参拝した証明書、あかしのようなものです。

仕事の打合せが終わった後に、近くに神社仏閣があれば、そこに立ち寄って拝観するのが常でした。営業上、その地域や風習を知るという意味合いもありましたが、いま思うと仕事よりも御朱印めぐりの方がメインだったかもしれません。

その日も、とある現場で打合せが終了し地図を眺めていると、メジャーではないお寺でしたが、すぐ近くにあり時間にも余裕があったので軽く寄ってみることにしました。

寺の名前は忘れてしまいましたが堺の内陸部だったと記憶しています。晴天で時間は午前10時半ごろだったでしょうか。

小高い山道を登っていき寺内の境内に駐車しました。お寺そのものは新しく建て替えた感じで、社務所も境内もがらんとして人の気配はありませんでした。かねつき堂の梵鐘なども新しかったのでまだ住職などは移ってきてないんだと思い、マイナーな寺の御朱印をもらうことは諦めました。

周辺を散策すると緩やかな階段があることに気づきました。丘の頂上付近は木に囲まれ上がどうなっているのか下から確認することはできませんでした。

公園にあるような一段が奥行きのある歩幅で、横も4メートル程度と割と広めのゆったりとした形状でした。階段の両脇にはきれいに刈り込まれた芝生が青々と茂り、真っすぐ頂上へ延びるようにその階段はありました。

せっかく来たのにこのまま何の収穫もなく帰るのも何だなと思い、とりあえず頂上だけは、どうなっているのか確認して帰ろうと何の期待もせずに奥行きのある階段を早歩きで上がっていきました。

中腹まで差しかかったところでしょうか、50代から60代前後の元気のいい大阪のおばちゃん達が4~5人でしゃべっているのが頂上から風に乗って聞こえてきました。

竹ぼうきでザッザッザッーとせわしなく掃く音とともに、甲高い笑い声やぺちゃぺちゃとした話し声、周辺を歩きまわる足音、みんなで和気あいあいと掃除をしている様子です。

(うわっ、みんな上にいたんだ。みんなで掃除してたんだなー。そりゃそうだよな。まだ午前中だもんなー。ここで俺が行ったら、なんか場違いだよなー。はずかっしー。どうすっかなー。戻ろっかなー。)

平日の午前中に、参拝客が誰もいないマイナーなお寺へスーツを着たサラリーマンが、突然現れたらそれは不審に思われてもしょうがありません。

檀家さんでも集まってみんなで掃除しているんだと思い、一瞬立ち止まり引き返そうとも思いましたが、せっかく来たので、もし会ったら挨拶だけして帰ろうと思い直し、そのまま上がっていきました。

上にいるおばちゃんたちがびっくりしないよう、場違いな訪問者の存在を知らしめるために、わざと音がするように地面のコンクリートにザッザッっと靴底を摺らせて登っていきました。

すると、

(あっ、誰か来たで。 音せーへん?  下からひと登ってくるの聞こえへん? こんなはよからだれやねんなー ホンマやなー。 うっとーしーなー。 アホ、こんなとこ誰が来んねん。 そんなんあらへんて。 こないなとこ誰もけーへんて。 だれが来んねん。 うわっ、ホンマに来たで~。 キャッハハー。)

申し訳ございません。これは私のあくまでのイメージ音です。このような会話が入り混じって聞こえてきました。

おばさまたちは、私の存在に気付いてくれたようです。

多少気が楽になったのでそのままスピードを上げて登っていくと頂上が見えてきました。こちらが近づくにつれ、おばちゃん達の話し声は少しづつ小さくなっていき、ひとりふたりと人数も少なくなるような感じがして、そのまま遠くに行ってしまったようでした。

頂上にたどり着くと見晴らしのいい風景が広がっていました。青空とみどり生い茂る山々に住宅が点在して見えます。

(ああっ、おばちゃん達、俺の姿を見て下に降りて行ったんだなー。わるいなー、気を使わせて。)

と思いながら歩き進めていくと、頂上はぐるっと円形の広場のようになっており中心部分には、石を土台とした祠が不規則に鎮座していました。新品の真新しい色をした檜造りの祠が5~6体はあったでしょうか。格子戸を覗くと三方の上に朱色の皿、お神酒などがあり祭られている状態でした。

きっと、さっきのおばちゃん達は反対側にある階段から下へ降りて行ったんだと思い、そのまま祠を中心として周囲に歩みを進めると自分が登ってきた階段にまた戻ってきてしまいました。

その登ってきた階段以外には、芝生と草木がところどころに生い茂っているだけで、下に降りて行ける道も階段もありませんでした。

結果的に、頂上まで行く通路は私が登ってきた階段だけだったのです。

晴天。誰もいない寺の頂上。見晴らしのいい景色。静まり返った平日の午前中がそこにありました。

このような陽気にもかかわらず、上半身からぶわーっと鳥肌が立ってきました。

なぜか 祠~おばちゃん達~ に向かって呟いてしまいました。

「この中に戻ったんだ。」

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