ギリギリセーフ

ギリギリセーフ

私の友人男性の体験談。

外回りの営業中、突然の便意に襲われた彼は、すぐそこのコンビニに駆け込んだが、あいにくふさがっていた。

すぐさま彼は、ターゲットを隣の喫茶店のトイレに変更した。

入店してすぐにトイレに駆け込むという行為に気が引けた彼が、レジカウンターでオレンジジュースをオーダーしたのは、手間がかからず一番早く出てくると踏んだからだ。

小銭を投げつけるようにして会計を済ませた彼は、案の定、言うが早いかサッと出されたオレンジジュースを烈火の如く奪い去ると、一目散に2人掛けのテーブル席に放置し、席に座ることもなく、そのままトイレへと駆け込んだ。

最初の扉を開け、手洗いの先を見ると、1つしか無い個室の扉が閉まっていたことは、彼の誤算だったであろう。

絶望の中、一縷の望みをかけて、そーっとドアを2回「コンコン」とノックすると、

「・・・・コン・・・・ コン・・・・」

と、ゆっくりとした弱々しいノックが帰って来た。

「それでも、外で待っている人間がいることはアピールできたはずだ!」

精一杯前向きに考えた彼だったが、待てど暮らせど、個室の中の人物は、一向に出てくる気配がない。

それどころか、彼が咳払いをしたり、用もなく手洗いの水を流してみたりしても、個室の向こうはシーンと静まり返っている。

彼の我慢はとっくに限界超え、個室の中の人物が、まるで彼の頂点(ピーク)を試しているのではないかとさえ思えた。

テーブルに置き去りにした、飲みたくもないオレンジジュースを捨てて、コンビニに戻ることもできない。

いや、その余裕すらもうないのだ。

「ダメだ。 マジでやばい!!」

そう思った彼は、先程のノックとは別人のそれを装いながら、怒りの感情を込め、リベンジ・ノックを決行した。

「ドンッ!!・・・・  !? ギィィィ・・・・」

彼は唖然とした。

1度目のノックの勢いで、あっさりと扉が開き、中には誰もいなかったのだ。

その時の彼に、怖いとか不思議とか、そんな感情は微塵も芽生えない。

便器に襲いかかるようにして個室の中へなだれ込み、一瞬で用を済ませ、まるで賢者のように穏やかな精神状態を取り戻した彼を待っていたのは、

「へへっ。 間に合ったな。」

という、しわがれた年配の男性の声だった。

彼の人生初の心霊体験は、紛れもなく彼の耳元で、はっきりと聞こえたそうだ。

その後、ちゃんと拭いたかどうか、手を洗ったかさえも覚えていないらしいが、オレンジジュースだけは立ったまま一気に飲み干し、その店を出たそうだ。

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