Kさんは数日ほど、存在しない記憶を見るようになったことがあるらしい。
とても克明に思い出せてたようだけど、何かのドラマか何かの思い違いだろうと思っていたそうだ。
記憶の前の行動についてはサッパリわからないらしいが、ともかく自転車に乗っている。
ビュンビュンビュンビュン全力で飛ばし、闇雲ではなくどこかに向かうのだ。
すごく胸が苦しくて仕方ない、疲労も強く感じるが、疲労だけではない。
胸が潰れそうなほど悲しいのだそうだ。
半ば衝動的に自転車を飛ばし、寂れたビルに飛び込むのだ。
そのビルは「売り物件」の文字が書かれた看板が置かれているが、全く放置されている。
不動産屋や持ち主も全く手入れしておらず荒れ放題で、ツタやら草やらがビルに巻き付いてる。
その荒れたビルに泣きながら入り、そこでその記憶は終わる。
余りにも濃く、鮮明に浮かぶので、何だか行かなければいけないと思ったのだとか。
思い立ったが吉日ということで、思い浮かんだその週の休みには向かっていた。
おかしな話だ。どこか見当つかないのに、Kさんは極々自然にそこに向かった。
誰にも聞かずに電車に乗った。
一時間ほどかけて黙々と電車に乗り、ふざけた名前の駅へついた。
「着いた」
直感して降りた。
どこに何をしに行くかも知らないまま、Kさんは改札から南口へ向かった。
そこでまた記憶が流れ込んできた。悲壮な決意と準備を終え、スマホを見たようだ。そのスマホはもちろん、今Kさんが持っているものと機種が違う、暗証番号が違う。
指紋認証が上手くいかず、暗証番号でロックを外し、意味もなくSNSを眺める。そういう記憶だ。
自分とかかわりなく過ごしてる誰かを見た。
Kさんは導かれるまま歩いた。
徒歩で行くには少し無理のある距離だ。
知らないのにわかる道を通る。不思議とも思わない。
どの道を辿ろうと驚きも何もなかった。
「ああ、やっぱりね」
それだけだ。
中に向かうと何かが強く匂った。
近づくと耐えられないほど匂い、目に染みるほどに匂ったそうだ。
ふと見ると自転車が棄てられていた。
すぐにKさんはピンときた。
記憶の本来の持ち主は、このビルから出ていない。
落ち着いて110番に連絡した。
強い異臭がすると連絡し、すぐに警官が現れた。
最初は二人現れ、更に数人が呼ばれた。
状況を細かく確認されたが、事件性はないんだそうだ。
なぜKさんだったかはわからない。
ただ、長く放置されたせいで腐敗が進んでいた。
原型を失う前に見つかって良かった。
散々Kさんを拘束した警官は、ポロッとこぼした。
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